こんにちは、本多です。
このブログでは、プログラミングや教育のことについて書いていきます。
さて今回は、「2030年からの学校教育はどうなるのか~前半~」です。
はじめに
早速ですが皆さんはご存じでしょうか。詰め込み教育の時代よりも、ゆとり教育の時代よりも、今の時代の子どもたちが一番勉強しているということを。
そんな教育は時代が経ると共に変化してきました。その当時の最先端の知見を持った研究者や教育者が会議を重ね、この国の教育を決定しては改良し続けてきたのです。
その成果を示すものとして、学校の教育課程の基準を定めた「学習指導要領」というものがあります。これは学校教育における法律のようなもので、約10年に一度、大きく刷新されます。つまり、10年周期で教育内容に大きな変更が加えられるということです。
このような変更に先立ち、様々な場で現状の教育課題や今後の方向性について議論が交わされています [1]。そして来たる2030年、学校教育は大きな変化を迎えることとなります。柔軟な教育課程、新しい教科、評価の簡略化など、根本を覆すような変化が数多くあります。
ではなぜそんな変更を行うに至ったのか。前半である今回は、その理由について解説していきたいと思います。
変化するということは、現状に課題があるということです。現在、学校教育が抱える課題は、大きく以下の3点に集約されています。
- 多様な支援を要する子どもの増加
- 情報社会への対応
- 教師の不足と負担の増加
① 多様な支援を要する子どもの増加
(注:文部科学省の表現に倣い「増加」としていますが、これには時代の変化に伴い、これまで見過ごされてきた子どもたちに目が届くようになった結果としての増加も含まれます。)
まず、多様な支援を必要とする子どもの増加です。これは古くから指摘されている課題ですが、いまだ数値として目に見える改善には至っていません。 資料では、主に以下の3種類の子どもたちが取り上げられています[2]。
- A. 特別支援を必要とする子ども
- B. 日本語指導を必要とする子ども
- C. いじめや不登校の子ども
それぞれの現状を見ていきましょう。
A. 特別支援を必要とする子どもの増加
子どもの総数が年々減少する一方で、特別支援学校や特別支援学級に在籍する子ども、また「通級指導」を受ける子どもの数は増加し続けています。例えば、2010年から2020年の10年間で、特別支援学級の在籍者と通級指導の対象者は2倍以上に増加しました [3]。さらに、通常の学級にも1クラスあたり2~3人、特別な支援を必要とする子どもが在籍しているとされています [4]。
特別支援教育では、少人数での学級編制や個別の教育課程といった手厚い指導・支援が求められ、専門性の高い教員の加配が必要です。しかし、急激なニーズの高まりに対し、人材育成が追いついていません。令和元年(2019年)の時点で、特別支援学級を担当する教員のうち、専門性の証である「特別支援学校教諭免許状」の保有率は3割程度に留まっています [3]。
B. 日本語指導を必要とする子どもの増加
Aと同様に、日本語指導を必要とする子どもも年々増加しており、この10年間で1.9倍になりました [5]。対象は外国籍の子どもだけでなく、日本国籍を持ちながら日本語指導を必要とする子どもも含まれます。
これらの子どもの約9割は何らかの日本語指導を受けられていますが、その後の状況は芳しくありません。日本語指導を必要としない子どもに比べ、高校等への進学率は低く、中途退学率は高く、非正規就職率も高い傾向にあり、現状の指導体制のさらなる改善が求められています [6]。また、そもそも学校に通っていない可能性のある子どもが約8,000人いるとされ、これも深刻な問題です [5]。
C. いじめや不登校の子どもの増加
いじめの認知件数も増加傾向にあります。ただしこれには、学校や教員の努力によって潜在的ないじめが発見されるようになったことや、いじめの定義の浸透といった側面も含まれるため、一概に状況の悪化とは断定できません。
しかし、楽観視できないデータも存在します。いじめの中でも、「児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがある」、または「児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがある」と判断される「重大事案」[7]も増加しているのです。この重大事案の件数は、2018年から2023年の5年間で2倍以上に増加しました [8]。
不登校の児童生徒数も同様に増加しており、同じくこの5年間で倍増しています。小中学校の全国平均では25人に1人が不登校であり、これは1クラスに1~2人が不登校の状態にある計算です。不登校の背景として多く報告されているのは、生活リズムの乱れ、学校生活への無気力、不安や抑うつといった心の問題です。不登校の子どもの中学校卒業後の進路は年々改善傾向にあるものの、前述の日本語指導が必要な子どもと近い課題を抱えており、高校進学後の中途退学率はさらに高い水準となっています [8]。
現代において、学校が子どものセーフティーネットとしての役割も担うようになっている以上、これらの問題は早急に解決すべき課題として認識されています。
② 情報社会への対応
言うまでもなく、ICTは私たちの日常に不可欠なものとなりました。学校も例外ではありません。児童生徒にタブレットが配備され、授業や校務での利活用が進んでいます。2024年の調査では、全ての都道府県で児童生徒1人あたりのタブレット配備数が1台を超え、校内の通信環境整備率も平均98%に達するなど、地域差なくICTが利用できる環境が整いました [10]。
しかし、変化の激しい情報社会に学校が十分に対応できているかには疑問が残ります。ICTを活用して「公正に個別最適化された学び」や学校における働き方改革を実現していく上では、日々進化していく技術に対して柔軟に対応していくことが必要です。例えば生成AIについてはその是非や具体的な指導方法がまだ研究の途中であり、実際の授業での利用には至っていません。そのため、教育用のツール開発や統一されたガイドラインの策定が望まれています。
また、「情報活用能力」の育成が重要とされながらも、小学校にはそれに特化した教科は存在していません。中学校でその中心を担う「技術」の授業は週1時間程度で、プログラミングを実践する時間は年間平均でわずか4時間ほどです [11]。現状は、全ての教科等を通じて情報活用能力を育成する方針ですが、デジタル人材の育成が急務とされる中で、十分な時間を確保し、専門性の高い教員が指導する必要性が高まっています。
③ 教師の不足と負担の増加
日本の学校教育は、1970年代までの「詰め込み教育」、そこから2000年代にかけての「ゆとり教育」、そして「脱ゆとり教育」を経て現在に至ります。この変遷を見ると、かつての詰め込み教育は是正されたかのように思えますが、実は小学校の1日あたりの平均授業時数は、現在が全ての学年で過去最高となっています [12]。つまり、詰め込み教育時代よりも、子どもたちは長い時間、学校で授業を受けているのです。半数以上の教師が、週当たりの授業時数を「やや多い」または「多すぎる」と感じています [12]。
この背景には、学ぶ内容の増加があります。これまでの歴史の中で、道徳、特別活動、生活、総合的な学習の時間、外国語活動、英語が次々と教科として追加されてきました。既存の教科内容も増え、教科書のページ数も過去最大です [14]。そこに前述の情報教育も加わり、今後も学習内容は増加する可能性が高いでしょう。
このように、教育課程(カリキュラム)が肥大化し、生徒や教師の負担が増大していく状況は「カリキュラム・オーバーロード(教育課程の過積載)」と呼ばれています。これはOECD(経済協力開発機構)が2015年から進めている「Future of Education and Skills 2030」プロジェクトで提起されたものです [15]。 以下に、プロジェクトの中間報告から一節を引用します。日本の実態とも合致しており、世界共通の課題であることが分かります。
保護者や大学、雇用者からのニーズや要望を前に、学校はカリキュラムの負担が過剰である問題に取り組んでいる。結果的に、各学問分野の重要な概念を理解する時間や、バランスの取れた生活という観点からは、友人関係を構築したり、睡眠をとったり運動をしたりする時間が十分に取れないことがしばしば生じている。今こそ、生徒の関心を、「学習時間の長さ」から「学習時間の質」にシフトしていくときである。
([15] OECD “The Future of Education and Skills 2030″より)
学習時間の長さは、子どもや教師の心身の負担となるだけでなく、他者と関わる時間や休息といった、人間的な営みに必要な時間をも奪っていきます。調査で寄せられた教職員の声が、その現状を物語っています。
「子どもたちと語らう放課後の時間も無くなった。職員会議の時間さえ生み出せない、放課後の打ち合わせもできない。そして、埋められないその時間は、超過勤務となって職員の心と身体の健康まで奪う」
([12] 全国公立小中学校の教育課程の実施状況に関する調査より)
おわりに
今回の記事は以上です。 さて、ここまで見てきたように、日本の学校教育は非常に大きく、そして重要な課題に直面しています。学校教育という大きな組織では、10年に1度という大きなスパンでしか変化させることができません。それは、議論に議論を重ねた上で全ての子どもに分け隔てなく素晴らしい教育が提供できるよう、慎重に決定しているからです。
しかし、今回挙げた現状が解決すべき喫緊の課題であることもまた事実です。私たちは、学校では対応しきれない部分を補い、変化の過渡期にいる目の前の子どもたちの「今」をより豊かにすることを目標としています。
例えば本校では、「①多様な支援を要する子ども」が十分に学べるよう、全ての授業は個別指導であり、個別に学習プランを作成しています。「② 情報社会への対応」をするためにプログラミングの授業があり、0から社会人レベルまで学ぶことができます。「③教師の不足と負担の増加」がないよう、教える内容は精選し、本質的理解を主軸にしたカリキュラムを心がけています。
しかし、大きな組織だからこそできる改革があります。近年のICT環境の劇的な普及は、一個人の教師や一学校の努力だけでは成しえず、国策として文部科学省が舵を切ったからこそ実現しました。今回提起された問題を国レベルで解決するためには、同様に大きな視点からの取り組みが不可欠です。では、文部科学省は2030年に向けて、これらの問題をどのように解決しようとしているのでしょうか。 次回は「2030年からの学校教育はどうなるのか〜後半〜」を解説します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
(文責 本多)
引用文献
[1] 文部科学省 (2025) 『中央教育審議会 初等中等教育分科会(第101回~)議事録・配付資料一覧』. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/101/giji_list/index.htm
[2] 文部科学省 (2025) 『今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会 論点整理(概要)』. https://www.mext.go.jp/content/20250130-mext_kyoiku01-000040050_11.pdf
[3] 文部科学省 (2021) 『資料5-1 特別支援教育資料(令和3年4月時点)』. https://www.mext.go.jp/content/20210412-mxt_tokubetu01-000012615_10.pdf
[4] 文部科学省 (2021) 『通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について』. https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf
[5] 文部科学省 (2024) 『令和5年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果』. https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037366_02.pdf
[6] 日本語教育推進関係者会議 (2024) 『児童生徒に対する日本語教育』. https://www.mext.go.jp/content/20241219-mxt_nihongo02-000039276_2.pdf
[7] e-Gov法令検索 (2013) 『いじめ防止対策推進法(平成二十五年法律第七十一号)』. https://laws.e-gov.go.jp/law/425AC1000000071
[8] 文部科学省 (2024) 『令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果 概要』. https://www.mext.go.jp/content/20241031-mxt_jidou02-100002753_2_2.pdf
[9] 文部科学省 (2020) 『新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(中間まとめ)』. https://www.mext.go.jp/content/20200609-mxt_jogai01-000003284_002.pdf
[10] 文部科学省 (2024) 令和5年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要). https://www.mext.go.jp/content/20241031-mxt_jogai02-000037398_01.pdf
[11] 一般社団法人日本産業技術教育学会 (2021) 『中学校プログラミング教育の実態調査-R元年度 技術・家庭科技術分野「D情報の技術」の現状-』. https://www.jste.jp/main/teigen/200201_jr_chosa_repo.pdf
[12] 全国公立小中学校事務職員研究会・東京学芸大学教職大学院 (2015) 『全国公立小中学校の教育課程の実施状況に関する調査 報告書』. https://www2.u-gakugei.ac.jp/~omoriken/upload/hyojunjisu_chosa.pdf
[13] 文部科学省 (2023) 『質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境整備に関する論点整理(素案)』. https://www.mext.go.jp/content/20231227-mtx_syoto02-000033379_05.pdf
[14] 一般社団法人教科書協会 (2020) 『教科書発行の現状と課題 2020』. https://www.textbook.or.jp/publications/data/20tb_issue.pdf
[15] OECD (2018) 『The Future of Education and Skills: Education 2030. OECD Publishing, Paris』 https://www.oecd.org/education/2030-project/contact/E2030%20Position%20Paper%20(05.04.2018).pdf