こんにちは、本多です。
このブログでは、プログラミングや教育のことについて書いていきます。
さて今回は、「2030年からの学校教育はどうなるのか〜後半〜」です。
前半では、日本が抱える教育上の大きな問題について取り上げました(前半の記事はこちら)。①多様な支援を要する子どもの増加、②情報社会への対応、③教師の不足と負担の増加。これらの待ったなしの課題に対し、国はどのような未来を描いているのでしょうか。
本記事では、3つの課題に対する文部科学省のそれぞれの解決策について解説していきます。全ての問題に通ずる方針として、「柔軟性」と「役割の分化」、そして「デジタル化」があります。
①多様な支援を要する子どもの増加
この問題は、特別支援・日本語の困難・不登校が中心となっています。これまでは、教室という集団の中で多様な課題を解決することが難しく、一人ひとりに必要な学びが保障されないことがありました。そこで、主に以下の2つの方策で解決が図られようとしています。
A. 柔軟な教育課程
支援の必要性の有無に関わらず、子どもに必要な支援は一人ひとり異なります。その違いが特に顕著なのが、特別支援・日本語の困難・不登校の子どもたちです。従来は、教育の基準である「教育課程」を遵守しようとするあまり、かえって個々の違いに応じた対応が難しい状況がありました。子どもに必要な学びを体系化したはずのものが、個々の状況への対応を阻む「自縄自縛」の状態に陥っていたのです。 そこで、子ども一人ひとりの実態に合わせ、特別な教育課程を編成・実施できる仕組みを新設する議論が行われています[1]。また、学校側が自由に使える裁量時間を増やし、学校や地域の特徴に応じて教科の時数を変更できるようにすることも視野に入れられています。このように枠組みに柔軟性を持たせることで、本当に必要な学びに時間を充てられるようになります。
B. 通級における指導の拡充
「通級による指導」とは、通常学級に在籍しながら別の教室(通級指導教室)で、障害による困難の改善・克服を目的とした特別な指導を受けることです。これまでは、あくまで困難の改善が目的であり、教科の学びは通常学級で受けるのが原則でした[2]。しかし、集団授業という特性上、通常学級だけでは十分な支援が受けられないケースも考えられます。 そこで通級での指導内容を拡充し、必要に応じて教科指導も行えるようにする議論が進められています[3]。それに合わせ、週8単位時間までとされていた通級での指導時間の上限を拡充することも検討されています。これにより、インクルーシブ教育(障害の有無に関わらず、すべての子どもが共に学ぶ仕組み)の理念に基づき、子どもたちが可能な限り通常学級で学びながらも、一人ひとりの学びを実質的に保障するという、バランスの取れた支援が期待されます。
② 情報社会への対応
GIGAスクール構想によって一人1台のタブレット端末が配備され、ハード面の準備は整いました。しかし制度や活用といったソフト面は、まだ発展途上と言えます。なぜなら、現行の学習指導要領が制定されたのは2017年~2018年であり、GIGAスクール構想が本格化する以前のものだからです。つまり、2030年に向けた教育改革は、1人1台端末があることを前提とした、初めての教育方針となります。 情報活用能力の育成は世界共通の課題であり、日本でもその指導方法が焦点となっています。 これまでは、中学校の「技術・家庭科」や高校の「情報」がその中心を担ってきました。しかし、小学校には専門の教科がなく、中学校の「技術」も4分野のうちの1分野に過ぎないため、義務教育段階で情報活用能力を体系的に育むには時間が不足していました。
そこで、小学校では「総合的な学習の時間」に情報の領域を明確に位置づけ、中学校では「技術・家庭科」を再編成し、情報分野を主軸とする新たな枠組みを設けることが議論されています[4]。これにより、小学校では現行の中学校レベル、中学校では現行の高校レベルの学習活動を確保できると見込まれます。特に中学校の新しい技術については「内容の大幅な充実を図ってはどうか」という文言もあり、大きな変更が予想されます。
③ 教師の不足と負担の増加
前半では「カリキュラム・オーバーロード」という言葉を取り上げました。これは、年々増加する学習内容によって、教師と生徒の双方に負担が増している状況を指します。授業時数も教科書のページ数も過去最大となっており、こうした余裕のないカリキュラムが、不登校の一因になっているとの指摘もあります。 そこで文部科学省は「余白の創出」を掲げ、教師の負担を軽減する施策を検討しています[5]。
学校には「年間標準授業時数」が定められています。その名が示す通り、年間に行う標準的な授業時間数のことです。例えば小学4~6年生では1015時間ですが、実際の全国平均は約1059時間と、年間40時間以上も過剰に授業が行われている実態があります。これは、標準時数が実質的な「最低時数」として運用されてきたことや、純粋に教える内容が増え、時数が足りなくなっていることが背景にあります。 この状況を解決するため、教科の授業時数に「弾力性」を持たせることが議論されています。
具体的には、標準時数の範囲内で、特定の教科に属さない「裁量的な時間」を設けるのです。そして、例えば特定の教科の指導に時間が必要な場合、この裁量時間から充当できるようにします。これにより、過剰な授業時数をなくし、標準時数の範囲内で柔軟な運用が可能になります。 また、学習内容の肥大化については、中核的な概念の理解を優先し、教科内容を精選することが検討されています。教科書のページ数削減も示唆されており、より本質的な学びに集中できる環境が目指されています。
日教組の提言
文部科学省が授業時数の「弾力化」で改善を進めようとする一方、標準時数そのものを見直すべきだと疑問を呈する団体もあります。それが、日本最大の教職員組合である日本教職員組合(日教組)です[6]。 日教組は2025年6月、文部科学省に要請書を提出し、総授業時数と学習指導要領の内容削減を強く求めました[7]。そして同年7月には「日教組カリキュラム提言」を公開し、以下の5つの改善を要請しています[8]。
- 年間総授業時数の削減を
- 学習指導要領の内容精選を
- 特別活動の時間をゆたかに
- 学習指導要領から部活動の記載の削除を
- 標準時数を「最低基準」とした2003年通知の見直しを
この提言を学術的に裏付けるものとして、東京学芸大学の大森教授による、標準時数を現状の1015時間から140時間減らし875時間にすべき、という具体的な提案を含む資料です[9]。この資料には、本記事で述べてきたような教師と子どもの負担に関する具体的な調査結果が示されています。これらの提言に対し、まだ文部科学省からの公式な回答はなく、議論が続いている段階です(2025年8月時点)。
終わりに
今回の記事は以上です。 前半・後半と見てきたように、日本の教育が抱える様々な課題に対し、文部科学省は2030年の指導要領改訂に向けて対策を進めています。特に、国が示す「余白の創出」という改革案。そして日教組が提言する、より踏み込んだ「総授業時数の削減」。これらは単なるニュースではなく、日本の教育史における「分岐点」と言えるでしょう。
これからどのような決定が下されるのか、それが本当に功を奏すのかは、まだ誰にも分かりません。しかし、どのような決定になったとしても、その根底に流れているのは「子どもたちの学びを、”時間の長さ”から”質の高さ”へと転換しよう」という、非常にシンプルで大切な願いです。
そうであるならば、私たち一人ひとりが、今回解説した現状の課題と未来の変化を認識し、「目の前の子どもに対して今何ができるか」を考えることが必要です。なぜなら、その子の「困った」を一番理解しているのは、傍にいる私たちだからです。
本校はあなたと共に、そんな「困った」を一緒に解決するパートナーでありたいと考えています。もしよろしければ、抱えている「困った」をお聞かせください。
次回は「[技術記事]GodotEngineでオンラインゲームを制作する方法」を解説します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
(文責 本多)
【引用文献】
[1] 文部科学省 (2025) 『柔軟な教育課程編成の促進について』. https://www.mext.go.jp/content/20250410-mext_kyoiku01-000041658_02.pdf
[2] 文部科学省 『3 通級による指導の制度的位置付け』. https://www.mext.go.jp/tsukyu-guide/institutional/index.html
[3] 文部科学省 (2025) 『障害のある子供に対する教育課程の充実について』. https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_05.pdf
[4] 文部科学省 (2025) 『質の高い探究的な学びの実現』. https://www.mext.go.jp/content/000360892.pdf
[5] 文部科学省 (2025) 『余白の創出を通じた教育の質の向上』. https://www.mext.go.jp/content/000370330.pdf
[6] 日本教職員組合 『日本教職員組合』. https://www.jtu-net.or.jp/
[7] 日本教職員組合 (2025) 『学習指導要領の改訂及び「高校授業料無償化」の取り扱いについて記者会見を実施』. https://www.jtu-net.or.jp/news/学習指導要領の改定及び「高校授業料無償化」の/
[8] 日本教職員組合 (2025) 『日教組カリキュラム提言』. https://www.jtu-net.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/07/98c5f0472ad222c9c9af3a6036cc0bab.pdf
[9] 大森 直樹 (2025) 『子どもに合った教育課程の裁量とは』. https://www2.u-gakugei.ac.jp/~omoriken/upload/kodomo_sairyou.pdf