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ゲームで学ぶ?その歴史と今

2026年2月1日

はじめに

こんにちは、本多です。

今回は、「ゲームで学ぶ?その歴史と今」について解説していきます。

「ゲームなんかしないで勉強しなさい!」と、ゲームが登場したときから、子どもがゲームばかりしてしまうことは親の悩みの定番になりました。しかし、子どもからすれば勉強より面白いゲームを止めたくなんてありません。

なぜこんなにもゲームは子どもの興味を引き付け、熱中させるのでしょうか。


なぜ子供はゲームに熱中するのか

大きく分けて、2つの理由があります。

1つ目は、商業的な考え方。そもそもゲームは面白くないと売れないためです。

ゲームは、面白さや興味を引き付けることが第一目標であると言えます。基本的にゲームの内容は面白さを目指して検討され、面白さを基準として内容は推敲されていきます。子どもの手に届くまで話題となったゲームは、その面白さが確約されています。

この考え方は、少なくとも義務教育にはありません。義務教育の内容は、大人になる上で学ぶべきこと・できるべきことを基準に内容が作られています。子どもの興味を引く内容も多々ありますが、面白さを第一にしているわけではありません。であれば、子どもにとってゲームの方が面白いのも当然です。

2つ目は、より本質的な部分。ゲームには、子どもが面白いと感じる仕組みがあるためです。研究者によって様々な分け方がされていますが、私は4つに分けたいと思います。


ゲームの面白さの仕組み

「挑戦と報酬」

  • ゲームには、ある種の挑戦が含まれていることが多いです。例えばボスを倒したり、ゴールを目指したりなどです。これらは達成するのが難しく、プレイヤーにとって挑戦です。
  • その代わり、クリアすればそれ相応の「報酬」がもらえ、自己肯定感を得ることができます。その自己肯定感を元手に、また新たな挑戦をしていくわけです。これを敢えて悪く言えばギャンブル性と捉えることもできます。学習において、報酬は基本的には存在しません。

「操作と自律性」

  • ゲームは基本的に自分で操作をする必要があります。裏を返せば、自分でそのゲームの行く先を決定することが出来るということです。
  • 誰に強制されるわけでもなく、自分の興味の赴くままにやりたいことを行うことができます。基本的に自由の少ない学校や家庭と対比して、ゲームは自律的に様々なことができる場所であると言えます。

「空想性」

  • ゲーム内の世界は現実世界とは異なります。宇宙、深海、未来、異世界など、現実ではできないことを体験することができます。
  • またプレイヤーの状況も異なります。勇者、ネコ、海賊、魔法使いなど、現実の自分とは違う姿になることができます。これは小説などとも共通する面白さですが、前述した「操作と自律性」と組み合わさることで、より没入しやすいと言えます。

「関係性」

  • ゲームには、他者と協力したり競争(対戦)するものが多く存在します。1人用のゲームであっても、そのゲームの話題を通して関係性が育まれることがあります。
  • こういった関係性はそのゲームを遊ぶ動機づけとなりやすいです。ゲームの売上ランキングなどを見ると、そういったオンラインゲームが上位の大多数を占めていることからも、その重要性が分かります。

これらの仕組みは、よくできたゲームであればあるほど意識されています。

子どもたちが夢中になるのは、そのようにゲームが作られているからと言えるでしょう。

教育者・保護者として、ゲームを禁止することは簡単です。しかし、こういったゲームの仕組みが子どもの意欲になっているのであれば、これを教育に有効活用するのも手です。


それはボーイスカウトからはじまった

昔から、ゲーム的な仕組みと教育を接続させる試みは行われてきました。その先駆けと言われているのは、ボーイスカウトにおけるバッジの制度です[1]。

ボーイスカウトでは、特定の技能に習熟したことを示すバッジを獲得することができます。バッジを獲得するには、実演などを行う審査を受ける必要があり、それに合格することでバッジを手に入れることができます。それを日頃からバッグなどに縫い付けることで、その技能の持ち主であることを示すことができます。

これはまさに挑戦と報酬であり、ゲーム的であると言えます。また、どのような技能の審査を受けるかについては、興味のあるものや得意分野を自分で選ぶことができ、そういった点は自律性があると言えるでしょう。

このバッジのシステムが作られたのはなんと1908年です。この頃から、ゲーム的な仕組みを教育に活かす試みが行われてきました。

ただ、そもそもこの頃はコンピュータが一般的でなかったこともあり、こういった取り組みや製品が一般的になることはありませんでした。


歴史を変えた教育ゲーム

時は流れ2002年。この年に出た「America’s Army」というゲームによって、ゲーム×教育という概念は欧米で大きく広まることとなりました[2]。

このゲームはその名の通りアメリカの陸軍によって開発されたファースト・パーソン・シューティング(FPS)ゲームです。ざっくり銃を撃つゲームだと思ってください。

こういったゲームの多くは最小限のチュートリアルを行い、その後は対人戦がメインとなることが殆どでした。

しかし、このゲームは違いました。このゲームのチュートリアルでは、実際の軍隊の生活や訓練を追体験する必要があり、それを終えなければ対戦することすら出来ませんでした。

また味方への誤射などを含め、不名誉な行動をすると内部のポイントが下がっていき、最終的にはアカウントが凍結されるなど、軍隊のリアルさを出すシステムが多く取り入れられていました。これにより、プレイヤーは実際の軍隊の生活や文化を知ることができました。

これらのことからご察しの通り、このゲームはアメリカの軍隊への勧誘や訓練内容の把握を目的としたゲームでしたが、結果として爆発的にヒットしました。その証拠に500万人もの正規ユーザーの登録が行われ、アメリカ陸軍が想定していた以上の広告効果があったようです。2005年の時点で、アメリカ陸軍の新兵の4-5人に1人が、入隊前にこのゲームをプレイした経験があると回答しています。

また、訓練の様子が一般に知れ渡ることで、軍隊に入らない人に対しても、危険で汚い等の軍隊の偏見撤廃へ寄与しました。


ゲーム×教育の様々な用語

こうした特定のゲームのヒットやデジタル環境の変化により、2000年代以降からゲーム×教育は発展していきます。宮城県内の教育においても、様々な形での導入が進んでいます。その中で概念ごとに様々な用語も生まれました。

よく用いられている用語としては、「シリアスゲーム」「ゲーミフィケーション」「GBL(Game-Based Learning)」「エデュテインメント」などがあります。

「シリアスゲーム(Serious game)」

  • 真面目を意味する「serious」は、ゲームがそもそも真面目ではないという通念から、対比する目的で付けられました。
  • 真面目なゲームの名の通り、教育やその他課題解決用に意図して作られたゲームを指します。
  • 前述したAmerica’s Armyはこれにあたります。

「ゲーミフィケーション(Gamification)」

  • ficationは「~化する」という意味を持つ接尾語です。よって直訳すればゲーム化するという意味になります。
  • 冒頭で述べたような、ゲームを面白いと感じる仕組みを教育などに一部取り入れることを指します。
  • 前述したボーイスカウトのバッジの例はこれにあたります。

「GBL(Game-Based Learning)」

  • 基本的には、教育用に作られていないゲームを教材として教育を行う活動を指します。
  • 本校で行われているマインクラフトを用いた授業はこれにあたります
  • 最近では学校現場で取り入れられるケースが増えており、桃太郎電鉄というゲームを教材として導入した学校が、12,300校を突破したとのニュースも出ていました。

「エデュテインメント(Edutainment)」

  • 教育を意味する「education」と、遊びや娯楽を意味する「entertainment」を合わせた造語です。
  • 教育と娯楽をつなげた活動やコンテンツを指し、主に教育と教育の間にご褒美や遊びなどの娯楽を入れることを指すことが多いです。
  • 娯楽要素が強い物もこれに入るため、教育番組や絵本なども含まれます。

このように見ると、ゲームと教育の関わり方にも様々な種類があることが分かります。

では、これら4つの用語は、どのような発展を見せてきたのでしょうか。


教育用語の流行り廃り

論文検索サイトである「Google Scholar」[3]を用い、2000年から2025年までのその年に出た各単語が含まれた論文数の推移を調べました。それをグラフに表したのが以下になります。

なお、検索の際には該当の単語をフレーズ検索しています。

論文数の増加にはGoogle Scholarの発展も含まれているため、流行の推移としては、やや分かりにくい部分があります。

これを、各年の4単語が含まれる論文の総計を100%として、それぞれの論文数の割合を見ると、その傾向が読み解けます。

2000年代はエデュテインメントの割合が圧倒的に高いものの、2010年以降に下火になっていきます。

そしてその代わりのようにゲーミフィケーションが盛り上がっていることが分かり、2010年の時には5%ほどであったのに、たった5年で40%を超える割合に上がっています。また、GBLが2003年以降から安定して1番目か2番目の位置にいることも分かります。


エデュテインメントへの疑念

エデュテインメントの数の急激な減少の仕方には、一種の流行を感じさせます。

実際、エデュテインメントが現在下火となっている背景には、この用語が空虚で一過性の流行りでしかないのではないかという批判が巻き起こったからでした。

エデュテインメントの実践を痛烈に批判した言葉として、もっともよく使われているのは以下の言葉でしょう。

Chocolate-covered broccoli

チョコレートで覆われたブロッコリー

これは、ゲームで勉強を見えなくしても(チョコレートで覆っても)中身がつらい(美味しくない)ことは変わっていない、という例えです[4]。

こうしたエデュテインメントへの批判は、盛り上がりを見せた2000年初めから存在していました。それらの多くは、エデュテインメントにおいて遊びが「報酬」であったことに起因しています。

ゲーム好きな子どもに対して、「ここまで宿題やったらゲームしていいよ。」などの手段は、即時的には勉強を始めるきっかけとなりますが、長い目で見ると良い影響は与えません。

外からの娯楽によって子どもに勉強を頑張ってもらうということは、「勉強は辛いものだ」というメッセージに他ならないからです。娯楽という外発的なものによって勉強への意欲を掻き立て続ければ、学びへの自律性が育つことはないでしょう。

また、エデュテインメントを提供する教育者側が「楽しさ」を重視するあまりに、課題を簡単にしてしまうこともありました。それによって本来の学びが保証されないという本末転倒な状態となってしまっていました。

これらのような批判があり、エデュテインメントは下火となっていきました。

興味深いのは、近年のゲーミフィケーションの盛り上がりにもそういった傾向が見られることです。同じような批判、つまりChocolate-covered broccoliであるのではないかということは、ゲーミフィケーションに対しても言われています。

娯楽としての「報酬」が、ゲームの要素としての「報酬・ポイント」に置き換わっただけで進歩していないのではないかという点が指摘されています。

要するに、現代の教育の価値観として、「遊んでいるだけの教育っぽい何か」は、批判される対象となっているということです。


マインクラフトを活用したGBLの教育効果

では、本校で行っているGBLやシリアスゲームはどうなのでしょうか。これらについても決して「万能薬」ではないものの、前述した2つの流行りで問題だったChocolate-covered broccoliを解決する力があるとされています。

何故なら、GBLとシリアスゲームは、教育そのものをゲームにすることができるからです。

これはブロッコリーそのものを美味しく調理するようなもので、言わばChocolate-flavored broccoli(チョコレート味のブロッコリー)へと進化させる可能性を秘めています。

大規模にGBLの実践調査がされた例として、8歳から10歳の児童186名に対し、マインクラフトでプログラミングを教えた研究があります[4]。

1回90分の授業が計8回、つまり12時間分の学習が行われました。まず、小学校2-4年生が1回90分もの間、集中を保つことができたのは、まさにGBLの力と言えるでしょう。

研究においては、遊びの要素・友達との交流・達成した目標の満足度によって集中が維持されていたと述べられており、このことは前述したゲームの仕組みとも共通する部分があります。

また、マインクラフトというゲームの効果も確認されています。プログラミングは通常、抽象性の高い学問であると言われています。よって学ぶことが難しく、多くの大人が挫折するのも分かりにくさが要因です。

しかし、マインクラフトは3D空間上にそのプログラムの結果が表れることから、抽象的な学習内容を「現実」として実感できるようになり、複雑なプログラミング的概念を理解する助けになっています。

特に3Dゲームの中でもマインクラフトは、ゲーム内の1m³が座標およびブロックの1単位という大きな単位で構成されているため、小学生にとっても分かりやすく、パッと見た際にどこが間違っているかが分かりやすい点も学習に向いています。

研究では12時間の授業の後、全9問のテストが行われました。純粋なプログラミングの理解を問うものはそのうち2問で、それぞれ正解率が約80%・50%、平均で約65%の正解率と好成績を収めました。

このことは、マインクラフトを用いたGBLの授業が生徒の意欲を高めると共に、抽象的な内容を理解する助けになったことを示しています。

実際、本校の子どもたちを見ても同じ感想を抱きます。

本校で出てくるマインクラフトの上級レベルでは、高校や大学のプログラミングで行うような問題を入れています。しかし、それをマインクラフトという素材で「調理」し教材にすることで、小学生が自ら食いつくようになり、理解して次々とクリアしていきます。

仮にこれが英語の書かれた平坦で黒い画面であったならば、子どもたちは見向きもしなかったでしょう。

ここにGBLの強みが存在しており、日々わたしたちはそれを実感しています。


遊ぶだけにならないためのGBLへの高い壁

ここまでの話を聞いて、なるほどマインクラフトは素晴らしいゲームだ、GBLは優れた教育だ、と思うかもしれません。

ただ、GBLやシリアスゲームの論文数が多くならない=流行らないのは、そういった教材を作成する難易度の高さに起因します。

マインクラフトであれば、まず教員がそのゲームの世界の中に授業を構築しなければいけません。また、マインクラフトは自由度が高い故に、子どもは授業以外の様々なことに興味が向いたり、いわゆる荒らし行為のようなことが起こり得るため、それを教員側で管理しなければいけません。

これらを実践するには、教員側にマインクラフトやプログラミングのスキルはもちろん、学習心理への深い理解、そして何よりも高度な教材制作スキルが必要となります。

またプログラミング教育のようなである以上、全ての生徒が抽象的な概念を理解し活用することができるような、綿密なカリキュラムそのものも教員側で作成しなければいけません。

これはゲームの要素を既存の授業に追加するのみの、ゲーミフィケーションではあまり行われないことです。

こういった背景から、かけたコストに見合う学習効果を認識してはいるものの、中々そこにリソースを割くことができない教育者が多いのだと思います。

また綿密なカリキュラムが存在せず、ほとんど遊ぶだけになってしまっている、「ゲーム未満でありプログラミング教育未満の何か」も、世の中には存在しています。

様々な教育方法が生まれていく中で、コストをかけて正しくゲームと学びを融合させている教育を選ぶ、そんなリテラシーが問われる時代となっています。


終わりに

今回は、「ゲームと学びは融合するのか」について解説しました。

1900年代初頭から始まったゲームと教育の融合。「楽しさと学びを両立する」という問題に対し、長い教育史の中で多くの教育者が挑み、そして簡単にはいかなかったことがお分かりいただけたと思います。

そこから言えるのは、ゲームと教育の融合には可能性があるものの、容易に達成できない高い高い壁であるということです。

であれば我々教育者ができるのは、このような歴史を知り、先人の教育を学び、自身と教材をアップデートし続けることだけであると考えます。

本校は、概念習得のための綿密なカリキュラムと、日々子どもたちの様子から教材をアップデートし続けることを特徴としています。これは前述した高い壁へ到達するために、コストをかけて長い間続けていることです。

お通い頂いている保護者様の中には、ここまでカリキュラムが作り込まれていると、子どもの自律性が育たないのではないかと心配する人もいらっしゃいます。

ただ、マインクラフトとプログラミングは何でもできて作れる、いわば広大な大地です。そんな場所にただ放り出されては、子どもたちはどこへ進めば良いのか、何を作れば良いのか分からなくなってしまうでしょう。結果としてただ遊んでしまうことも多いです。

本校のカリキュラムとは、そんな子どもたちが迷子にならずに未来へ飛び立つ準備をするための、滑走路なのです。カリキュラムがあったとしても、プログラミングが広い大地であることには変わりなく、子どもたちは学んだことを活かして自由に創造していきます。

そしてそのように全ての子どもたちが飛び立てるよう、滑走路を整備し続けることこそが我々の仕事であると考えています。よってテラボはこれからも慢心せず、より良い教材・授業を提供し続けていきます。

次回は、「なぜプログラミングに英語が必要なのか」について解説していきます。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

(文責 本多)

「引用文献」

[1]ボーイスカウト日本連盟 「技能章」,https://www.scout.or.jp/member/skill-badges

[2]GameWatch(2002) 「本日到着! DEMO & PATCH ~2002年7月4日版~」 https://game.watch.impress.co.jp/docs/20020704/demo0704.htm

[3]Google 「Google Scholar」,https://scholar.google.co.jp/

[4]Cambridge University 「Kids are here to play – the importance of games」https://www.cambridgeenglish.org/latinamerica/learning-english/parents-and-children/your-childs-interests/kids-are-here-to-play-the-importance-of-games/

[5] Bile, A.(2022) 「Development of intellectual and scientific abilities through game-programming in Minecraft」 Educ Inf Technol 27, 7241–7256. https://doi.org/10.1007/s10639-022-10894-z

「参考文献、映像」

・「桜井政博のゲーム作るには」https://www.youtube.com/channel/UC5CTV3JSdrlo5Pa42QkK8SA

・藤本徹ほか 「メディアテクノロジーシリーズ シリアスゲーム」,コロナ社