「全然、意味が分からない…… 」「なんだか理解しにくいなぁ……」
文章を読んだり勉強したりする中で、このように思ったことはありませんか。
こんな時、「あぁ、自分の頭が悪いからだ」と安易に考えてはいけません。
ここに「ワーキングメモリ」と「認知負荷」という概念を追加することで、教育者にとっては分かりやすい教え方を模索し、学習者にとっては学び方を考えるきっかけとなります。
今回は、新しいことを学ぶ際に頭の中でどのようなことが起こっているのか。そのメカニズムを探っていきましょう。
2つの記憶の場所
さて、人間には、記憶をつかさどる2つの場所が用意されていると一般に言われます。
おそらく多くの人が、「長期記憶」と「短期記憶」という2つの記憶する場所を聞いたことがあるのではないでしょうか。
長期記憶
長期記憶とは、その名の通り長期にわたって記憶するための場所です。私たちが「覚えた」と認識するものは、この場所に入っています。
昔の友達の名前、割り算の筆算の解き方、小学校までの道順など、今でも思い出せるのではないでしょうか。
長期記憶は、いわば「記憶の図書館」で、ここに入ったものは半永久的に保存されます。また、容量に上限は存在せず、ほぼ無限に記憶することが可能です。さらに、これらの知識は構造化・階層化された状態で保存されています。
ただし、長期記憶に物事を直接保存することはできず、後述するワーキングメモリとのやり取りを通じて記憶されるとされています。
短期記憶?
短期記憶という言葉は、現在ではあまり使われません。
というよりも、長期と短期という2つの記憶媒体としてでは説明がつかない、といった方が正しいでしょうか。
現在では、短期記憶と呼ばれるものの代わりに、「ワーキングメモリ」と呼ばれるもので説明されることが多いです。ワーキングメモリは日本語では「作業記憶」と呼ばれます。作業、つまり学習や仕事をしている際などに、並列で稼働しているものであると認識すると良いでしょう。
私たちがふんわりと「短い時間だけ覚えておく」と認識してしまう短期記憶ではなく、作業に必要な分だけ、必要な時間だけ覚えておく「ワーキングメモリ」と呼ぶ方が適切であるからです。
ここまでの内容は、知っている方も多いでしょう。
そして、このワーキングメモリという考え方は現在さらに発展しており、このワーキングメモリが4つのパーツで構成されていることが分かっています。
それが、
①中央実行系(Central Executive)
②音韻ループ (Phonological Loop)
③視空間スケッチパッド (Visuospatial Sketchpad)
④意識バッファ(Awareness Buffer)
です。
4つのパーツの働き
それぞれどのような働きをしているか。説明のために、以下のようなシーンを仮定したいと思います。
[シーン]
道端で知人のAさんに出会った。Aさんは「今からそこのカフェに行くんだ」と言って、近くにあるカフェを指さした。

こんな状況になったとき、あなたは「知人のAさんは今から、そこのカフェに行くようだ。」ということを瞬時に理解することができます。
このような理解に対して、ワーキングメモリはどのような働きをしているのでしょうか。
ポイントは、人間が注意できることと、その場で記憶できることのリソースは限られているということです。
①中央実行系(Central Executive)
中央実行系は、いわばワーキングメモリの監督です。脳に無数に入ってくる情報のうち、どれが重要かが無意識的に判断され、注意のリソースを割り振ります。
前述の例においては、道端の雑音や周囲の人や物、自身の考え事に気を取られず、Aさんの話や動きに注目する役割を持ちます。
また考え事をする際、後述する意識バッファが、考え事に必要な情報を保持し続ける際にも、この中央実行系が注意を割り振っています。
②音韻ループ (Phonological Loop)
音韻ループはその名の通り、聞こえた音や言語的な情報を脳内でくり返し再生し続ける役割を持ちます。
前述の例においては、Aさんが発した「今からそこのカフェに行くんだ」という音声・言語情報をくり返し脳内で再生することで、その記憶を一時的に保持します。
③視空間スケッチパッド (Visuospatial Sketchpad)
視空間スケッチパッドはその名の通り、目で見た情報および空間的な情報を写真のように脳内に保存する役割を持ちます。
前述の例においては、Aさんの姿・指をさした動き・指さしとその先にあるカフェの関係性などを記憶します。
一見、以上3つだけで成り立ちそうなものですが、次の意識バッファが実は重要です。
④意識バッファ(Awareness Buffer)
意識バッファは、音韻ループ・視空間スケッチパッド・長期記憶から情報が引き出され、一時的にまとめて保管し、繋ぎ合わせて処理する役割を持ちます。
前述の例においては、
・目の前の人間が知人のAさんであることを「長期記憶」から引き出す
・「今からそこのカフェに行く」という情報を「音韻ループ」から引き出す
・指が指しているカフェという情報を「視空間スケッチパッド」から引き出す
これらの情報が意識バッファによって保管し繋ぎ合わさることで、ようやく「知人のAさんは今から、そこのカフェに行くようだ。」という理解を得ることができるというわけです。

4つのパーツを知ること
これら4つのパーツの理解は、重要な気づきを与えてくれます。
というのも、ワーキングメモリというものが提唱されたときから、ワーキングメモリの容量に個人差があるということ自体は盛んに議論されていました。
そして、ワーキングメモリの特性に応じた多様な指導法が開発されていきました。
ただ、この議論はまだ解像度が粗いと言えます。前述した通り、ワーキングメモリは4つのパーツに分かれています。
つまり、学習に困難を覚えるとき、実際には「いずれか、あるいはいくつかのパーツ」に特性があったり、リソースが学習に関係のないもので埋まってしまっている可能性が高いのです。ワーキングメモリを細分化することは、そのまま学習者や学習環境をより細かく認識することに繋がります。
ワーキングメモリに負担をかけない方法を探る際にも、これら4つのパーツに対してそれぞれ負担がかからない方法を模索することが重要です。
認知負荷理論とは
さて、ここで今回のテーマである「認知負荷理論」が出てくるわけです。
認知負荷理論とは、限りある脳のリソース(認知)がどのような時に容量を圧迫するか(負荷)を研究する学問です。これを知ることで、どのような活動なら脳のリソースを最適に活用するかに繋がります。
ここでの脳のリソースとは、前述したワーキングメモリ、つまりそれを構成する4つのパーツを指します。
私たちが何か課題を解決しようとした時、ワーキングメモリにかかる負荷には2種類あります。それを「内在的負荷」と「外在的負荷」といいます。ここでの内在的・外在的とは、「課題の中に存在する負荷か」「課題の外に存在する負荷か」ということです。
内在的負荷
課題に内在する負荷、つまりは課題そのものの複雑さに起因する負荷です。これは主に、多くの情報を互いに繋ぎ合わせて考える必要がある場合に負荷が高いとされています。前述した4つのパーツに当てはめると、これは「意識バッファ」が激しく働いている部分です。つまりは意識バッファの容量制限を超えるような課題になった際に、学習が困難になってしまいます。
この負荷は、課題そのものに起因しているため、取り除くことが難しいこともあります。そんな中でも学習を可能にするために、課題をスモールステップにし、後述する「スキーマ」を構築していくことが重要であるとされています。
外在的負荷
課題に外在する負荷、つまりは課題の本質とは関係のない負荷です。これは、意識バッファ以外の3つのパーツの特徴から考えることができます。
例えば中央実行系は、2つ以上の物事に同時に注意を割り振ろうとするとパフォーマンスが著しく低下します。また、途中で外部刺激(大きな音、気になること)があると、そちらに注意が向き、学習が困難になります。
音韻ループや視空間スケッチパッドについても、不必要で冗長な文章や動画、あるいは課題を解く際に目線を行き来する必要がある配置などにより、限られた容量を消費してしまいます。
これらの負荷は、情報の見せ方や環境整備、学習者に要求する手順など、教材や教育の方法によって改善されることがほとんどです。教育者はこの部分を排除して教材を作成することが重要であると言えるでしょう。
内在的負荷をどうするか
では、外在的負荷は教育者側の工夫によって改善できるとして、課題そのものに関わる「内在的負荷」に対応するにはどうすれば良いのでしょうか。
これには、教育者側と学習者側の双方で行われるべき工夫があるとされています。
それが「スキーマ」と「チャンキング」、そして「自己調整学習」と「外化」です。
スキーマとチャンキング
「スキーマ」とは、長期記憶に存在する、構造化・階層化された知識のことです。そして「チャンキング」とは、複数の情報に対し「スキーマ」を活用し、1つのまとまった情報にすることです。10個の情報を同時に扱うよりも、それらを1つの情報としてまとめることで、認知的負荷が減ることが知られています。
スキーマを用いて学習や作業がチャンキングされることで学習負荷が激減することを示した、有名な実験があります。
チェスの実験
実験では、チェスの熟練者と一般人を集め、チェスのコマの配置を5秒間だけ見せて記憶させ、それを覚えている限り再現させる、という実験を行いました。
とある配置では、熟練者が圧倒的な記憶率を見せました。これだけなら、「チェスの熟練者はもともと記憶力に優れている」という可能性もあります。
しかし別の配置では、熟練者と一般人の成績に大きな差はありませんでした。
一体、この違いは何なのでしょうか。
実は、前者は「実際の試合で在り得るコマの配置」であり、後者は「完全にランダムなコマの配置」だったのです。
つまり、実際の試合であり得る配置なら、熟練者は長年の過去の試合経験や知識(スキーマ)から、「ここではこのような戦術の配置を取っている」「ここではこういったコマの取り合いが起きている」などと、1つ1つのコマを個別に覚えずに、意味のある1つのまとまりで覚える(チャンキング)ことができました。
しかし完全なランダム配置ではスキーマが機能しないため、同時にチャンキングも起こり得ません。つまりは一般人と同様に配置を1つ1つ覚えるしかなかったのです。
このことは、チェスの熟練者の記憶力が特別優れているのではなく、「スキーマを活用してチャンキングを行うことで、記憶する負荷が下がる」ことを証明しています。
これは、内在的負荷の高い学習や作業を行う際にも同様に言えることです。
内在的負荷が高い学習を行う、あるいは行わせる場合、それを軽減させるためには、内容の中にチャンキングできる箇所がないかを検討することが必要です。また、それをスキーマとして定着させるために、事前にその前段階となる基礎学習を行うことが有効でしょう。
算数におけるスキーマとチャンキング
小学校算数を例に挙げると、現在、小学校では分数の足し算・引き算を5年生で習い、6年生で掛け算・割り算を学んでいます。一方、「分数」という概念自体は2年生から毎年少しずつ学び続けます。
これは、分数の計算という認知的負荷の高い内容において、分数の概念自体をスキーマとして構築させておくことでチャンキングが行われ、計算に意識バッファを集中させるようにしていると考えられます。
このような学習の工夫は算数において顕著ですが、理科や社会など多くの教科で行われています。
小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です
スキーマを通してチャンキングされる例を他にも考えてみましょう。
「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です」という文を覚えるとします。
日本語の初学者が覚える場合、もしかしたら計20個のひらがなと漢字の羅列として覚えるかも知れません。
しかし、それぞれを文節として認識できれば、「小さな、谷川の、底を、写した、二枚の、青い、幻燈です」という7個の記憶で済みます。
さらに言えば、宮沢賢治のやまなしを習う小学校6年生にとっては、もはや冒頭の1文として認識できることでしょう。
このようにたった1文を例にしても、人によって要求される記憶のリソースは異なります。
自己調整学習と外化
「自己調整学習」とは、自身の目標設定、学習の取り組みや方法の選択、自身の学習プロセスや結果の振り返りを自ら行う、主体的な学習を指します。
認知負荷の立場から考えると、学習や活動で「自身に今どのくらい認知的負荷がかかっているか」をメタ認知し、それが自身にとって過度である場合には、負荷を軽減できるよう、学習方法を工夫することが重要です。
そして、代表的な負荷の軽減方法として「外化」が挙げられます。
外化とは、脳内で保持する必要のある情報を、メモなどを用いて「脳の外」に書き出しておくことです。
一時的な情報を保持しながら学習や作業を行うことは、意識バッファを著しく圧迫してしまいます。よって脳の外に書き出し、それを参照することで、意識バッファのリソースを「情報の維持」ではなく、「情報の繋ぎ合わせや処理のみ」に集中させることができます。
算数における外化
暗算と筆算の関係性は、まさにこれにあたるでしょう。
73×49などの計算において、元となる数字を記憶しつつ、それぞれの桁の計算を行い、それも覚えておく、といったことは自然と難易度が高くなります。また意識バッファが圧迫されることにより、計算ミスも引き起こされやすくなります。
筆算は、その記憶する部分を全て書き出す(外化する)ことで、目の前のシンプルな計算の連続に意識バッファを集中させることができます。
ここで重要なのは、「必ず筆算を使え」と言っているわけではありません。
計算において「自身の認知負荷を超えている」とメタ認知した場合に、適切に外化を活用するという「自己調整」を行うべきということです。
低いレベルに対し、必要のない外化を行うことによって逆に認知的負荷が高くなってしまう、ということもあります。
また教育者の視点から見れば、学習者が自身をメタ認知し、自己調整学習を行えるように練習の機会を提供していくことが重要であると言えます。
分からないのは誰のせいか
「全然、意味が分からない……」「なんだか理解しにくいなぁ……」
冒頭のこんな場面で、教育者と学習者は何を考えるべきか。これまでの内容からまとめてみましょう。
・ワーキングメモリの4つのパーツのどこに負荷がかかっているのか。
・内在的負荷なのか、外在的負荷なのか。
・外在的負荷ならば、その負荷は取り除けないか。
・内在的負荷ならば、チャンキングに必要な「スキーマ」は足りているか。
・内在的負荷ならば、「外化」を用いて負荷を調整できないか。
これらを紐解いていくことで、分からないのが誰(どの負荷)のせいなのかを理解し、適切な学習方法へと繋げることができるでしょう。
終わりに
最後に、昨今では外化をAIによって代替することの是非が議論されています。
つまり、「脳内で保持する必要のある情報を、メモなどを用いて外に書き出しておく」の部分をAIで代替するということです。これはある点で一長一短あることが知られています。
確かに単なるメモをAIで代替するだけであれば、それは学習者にとって有効に働くでしょう。しかし、AIはその先の学習の本質部分である負荷までをも、人間に代わって肩代わりできてしまいます。その境はAIにとっては曖昧であり、また学習者にとっては「楽な道」でもあります。
しかし、いわばこの過度な活用は明らかに学習者にとっての成長を妨げます。
AIを活用して学習や作業を行う・行わせる際、本来学習者が担うべき負荷までAIに外化してはいないか、よく注意する必要があります。
(文責 本多廉)
[参考文献]
[1] Allen, R. J., Baddeley, A. D., & Hitch, G. J. (2026).Awareness as the heart of working memory.
[2] John Sweller,Paul Ayres,Slava Kalyuga (2011).Cognitive Load Theory
[3] Chase, W. G., & Simon, H. A. (1973).Perception in chess.